ホンダ CR110 1962年 走る精密機械は芸術品だった

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ホンダ CR110が、発売された1962年(昭和37年)、慶應大学国文学の池田弥三郎先生が、「女子大生亡国論」などという今から考えると暴論を真剣に唱えた年です。

 

なんでも、私立大学の文学部では、女子大生が半分以上占めるようになり、花嫁学校と化しているという論旨を婦人公論紙上に載せたのです。

 

今の時代から見ると暴言以外の何物でもないですが、1914年生まれの池田氏には、女性の台頭が日本をダメにすると本当に思ったんでしょうね。

 

しかし、現代の日本を見ていると先進国の中では女性が重要なポジションにいる割合が圧倒的に低い国で、この池田氏の思想が脈々に続いているようで怖い気もします。





ホンダ CR110

 

ホンダ CR110
1962年
4スト DOHC単気筒
49.99cc
7.0PS/12,700rpm
0.4kg-m/11,000rpm
75.0kg
\170,000

 

 

まさに芸術品。惚れ惚れします。

 

時計よりも精密なエンジン

 

まさに芸術品。惚れ惚れします。

 

50ccと言う最も小さなキャパシティーで最大限のメカニズムを凝縮し、「時計よりも精密なエンジン」と賞賛されました。

 

市販車モデルは、ストリートスクランブラー的な雰囲気が与えられていて、これはロードレーサーとしてのスピリッツを極力覆い隠すためのスタイリングで、本位とは言いがたいものだった、そうです。

ちょっと残念ですね。



初任給2万円に時代に17万円

 

今から50年以上前の17万円。

 

当時の大学卒サラリーマンの初任給が2万円だったことを思えば、大変高価だったことが理解できます。

 

市販型の5速ストリート仕様からレーシングモデル(8速)を含め、約250台が生産され海外からの引き合いも多く国内の残るものは僅かと言われています。

ちなみにストリート仕様の製造台数は、メーカーの資料によると僅か49台と記録されています。

まとめ

 

1962年と言えば、鈴鹿サーキットが開設した年です。

 

この年の記念すべき第一回鈴鹿全日本ロードレースにはヤマハのTD1に対抗して、ホンダのCR72が出走しました。

 

結果は、ヤマハのTD1の上位独占を阻止するのがやっとでしたが、
スタンドを埋め尽くしたファンには、4サイクルの研ぎ澄まされた高周波のサウンドを深く印象付けました。

 




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