キャブトンRST みづほ自動車はメグロと並ぶトップメーカーだった

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みづほ自動車 キャブトンRST マフラーで名を残す

 

キャブトンRTS 1954年(昭和29年)
空冷4ストOHV並列2気筒
594cc 28PS/4,000rpm
215,000円
みづほ自動車製

 

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キャブトンというとすぐ思い出すのが、キャブトンマフラーです。

 

キャブトンマフラーとは、オートバイの後方に水平に伸びる円筒状のマフラーが、途中で太い部分が存在し排気側がまた元の太さに戻るタイプのことで、キャブトン号が採用していたマフラーの形状に起因しています。

 

キャブトン・ブランドは、現在、マフラーのみにその名称残すのみですが、キャブトン・ブランドを精力的にリリースしていたみずほ自動車は、1954年(昭和29年)当時、350~600ccまで6つものモデルをラインアップし、メグロと並んで日本のオートバイ大型車のトップメーカーでした。

 

そのフラグシップモデルが、OHVバーチカルツインエンジンを搭載する600RTSで、当時最強となる28馬力のパワーを発揮することにより130km/hでの巡行を可能にしていたそうです。

 




みづほ自動車 倒産と経営者の末路

 

みづほ自動車は、1923年(大正12年)名古屋で内藤正一氏が起業し、発売元は、大阪の中川幸四郎商店で、キャブトンの名称は、Come And Buy To Osaka Nakagawa (「大阪中川まで買いに来たれ」)の頭文字CABTONを並べたものだそうです。

 

4ストローク、350cc、サイドバルブ車が主で戦前の最盛期は、360台の生産を行いました。

 

第2次世界大戦の影響で一時オートバイの生産を止めていたが、戦後逸早く復活して、1946年のバイクモーター「ビスモーター」の発売から、本格的なオートバイ生産に戻り、

 

英国車風の排気量350㏄~600㏄の大型で単気筒か並列2気筒OHV車の主なモデルでした。

 

1954年(昭和29年)当時は、資本金1億円、従業員800人を数える大きな企業でした。

 

しかし、当時人気の125㏄~250㏄の小型車の生産、発売に参入したり、廉価戦略など経営戦略やブランドイメージにぶれが生じ、また品質管理面もおろそかになり、経営を悪化させて1956年(昭和31年)に倒産してしまいます。

 

経営者の内藤氏も1960年に木曽川に入水自殺するという哀れな末路となったそうです。

 



キャブトン コジラにカレンダーで登場

 

今年の夏に公開された庵野秀明監督の 「シンゴジラ」は、1954年11月に公開された東宝映画「ゴジラ」がベースになっていて、そのオマージュをびしびし感じさせますが、

 

その1954年版の劇中の南海サルベージ社の壁にキャブトンのカレンダーポスターが写っているそうです。

 

1954年と言えば、敗戦からまだ9年しかたっていなくて、映画「ゴジラ」にも、

 

ゴジラに破壊される街中で3人の幼子を抱いた母親が「お父様のところに行くのよ」と悲しく言い聞かせるシーンが印象的でした。

 

このみづほ自動車、キャブトン・ブランドの盛衰を見るにつけ戦争の愚かさとそれに翻弄させられた人々に思いを馳せざるを得ません。

 



 


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