国産初の自転車は1890年に、東京の宮田製銃所が銃の加工技術を駆使して完成させました。
国産初の自動二輪は1909年に大阪の島津氏が製作したNS号でした。
その後宮田は製作所となった後の1913年にはイギリスのトライアンフ型自動二輪車4サイクル500ccの旭号を完成しました。
1935年にはイギリスのコベントリーイーグルを参考に、鋼板チャンネルフレームに空冷2サイクル175ccを搭載したマシンを世に送り出したのです。
それがアサヒ号AA型。
性能は3psで最高速は70km/h程度でした。
フレームの色彩は、各色ありクロームメッキ車の生産されました。
当時のパンフレットを見ると時代を感じさせます。
宮田製作所の本社の住所が、東京市蒲田区雑色町91番地。
ちなみにこの時の宮田製作所は、現在のモリタ宮田工業㈱です。
当時の広告を見ると、
アサヒ号オートバイは、自動車の代わりにスピードのある、安く、丈夫にをモットーに製作せられ、特に形状の面では従来のオートバイが、外国製品の模倣品であったことに鑑み、日本人に最も適する様に宮田独特の設計で依っている、と言葉が読めます。
※一部現代語に置き換えたり推測したりしています。
スズキGF250は、GSX250E(1980年1月~1986年4月)やGS250FW(1983年3月~1984年6月)に変わって、1985年3月にデビューしました。
ヤマハFZ250 Phazer(1985年4月~1986年7月)の強力な追撃を受ける形と成ってしまいました。
GS250FWの2バルブDOHCを改良。
2バレル・ツインキャブレターでコントルール性の高い出力特性を得ています。
しかし、ヤマハFZが45psを高々と唱えてきては、スズキの気勢も削がれてしまったと言わざるを得ません。
ただ、GF250自身は、非常に楽しめるモデルとして存在しました。
スズキGF250 1985年
エンジン:水冷4サイクルDOHC並列4気筒
排気量:249cc
ボア&ストローク:44×41mm
圧縮比:11.3
最高出力:41ps/12,500rpm
最大トルク:2.4kg-m/10,500rpm
最高時速:160km
車両重量:155kg
始動方式:セル
ミッション:6速
タイヤ:F100/90-16 R110/80-18
価格:\459,000
ヤマハのFZ250が、45PSと高らかに歌ったからと言って、実際にどれほどの違いがあったのかと言うと、ユーザーの数値に対するプライド意識だけの違いで、
低回転域からの得難いエンジン出力の特性を持ったGFにも好評が二分するといった状況でした。
パワーユニットは、従来のパーツをシェイプアップし、フリクションロスの低減化を行っています。
燃焼室形状にも変更を与える等、徹底した改良が施されています。
リアサスペンションもE・フルフローターが採用。
このシステムは、後輪が荷重を受けて、クッションユニットが圧縮される時、偏心カムは初期荷重時には左回転、ボトム付近では右回転と振り子の様に作動します。
カムの中心部とニードル部の浮動軌跡のズレを、スイングすることによって吸収するシステムです。
このシステムの採用の結果、クッションレバーの形状、大きさ、レイアウト等の設計がより自由になり、理想的なレバー比を生み出すことが可能となりました。
従来型よりも、腰のシッカリとした感覚が得られていました。
このモデルの特筆すべきはフロントサスペンション回りにあります。
国内市販車初のフローティング・ディスクプレート採用のブレーキシステムとノーズダイブを緩和するPDF(ポジティブ・ダンピング・フォース)の装着。
キャリパーも2ピストンのDOP(デュアル・オポーズド・ピストン)やセミメタルパッド使用と内容にも遜色はありません。
フレーム形式はダブルクレードル型と従来型を継承しています。
と言っても全くのニューデザイン。シートレールを丸パイプからメインフレームと同じ角型断面の鋼管材に変更。
右側ダウンチューブをボルトオン構造として整備性も高めています。
先にも記したように、GF250はいかにも、といったようなピーキーさが演出されているわけではありません。
十分な低速トルクと低回転での粘り強さを信条として、クイックな操縦性でスポーツ性を強調するような足回りの設定でもありません。
個性的ではありませんが、十分に楽しめる高性能さを持っています。
7000rpm付近から一気に活気付き、13500rpmで点火をカットされるまで。
スムーズ極まりないほど素直に回り続けるエンジンが魅力となっています。
]]>
TZR250は、全くのニューコンセプトモデルとしたデビューしたマシンです。
スズキRG250Γが、火種となったクォーターレプリカに対抗し、
カワサキのKR250R(1984年4月)、
ホンダNS250R(1984年4月)がデビュー。
ヤマハは、当初RZ250Rにフルカウルを装備したRZ250RR(1984年5月)で対抗します。
しかし、レーサー・レプリカに与えられた、過激な市場のムードを蹴散らすことは出来ませんでした。
5年前に衝撃を与えたRZ250は、既に大人しいげな印象にすらなっていました。
今日は、そんな刺激を求める市場に満を持して発表されたマシンTZR250をご案内します。
ヤマハTZR250 1985年
エンジン:水冷2サイクルクランクケースリードバルブ2気筒
排気量:249cc
ボア&ストローク:56.4×50mm
圧縮比:—
最高出力:45ps/9,500rpm
最大トルク:3.5kg-m/9,500rpm
最高時速:—km
車両重量:126kg
始動方式:キック
ミッション:6速
タイヤ:F100/80-17 R120/80-17
価格:\549,000
TZR250が、レーサーレプリカ路線の最後発モデルとして打って出るために採用されたのが、唯一のクランクケースリードバルブという吸気方式でした。
’84年TZに初めて採用されたパワーユニットの方式で、キャブレターからの混合気を直接クランク室内に吸入されるものです。
吸気経路の短縮化と吸気孔の拡大により、スムーズな吸気が図れるのです。
また、ピストン位置に関係なく、クランク室が要求するタイミングに合わせて吸入工程が行えるため、吸気量の大幅な増大と高レスポンスが図られる利点を持った方式でした。
※画像はイメージです。
車体の構成は、’86TZ250と共通のコンセプトで仕上げ、吸気通路の短縮化を図ったフラッドバルブのキャブレター、オートルーブと連動化を図ったYPVSを装備してライバル車達の群れに放されました。
発売は、なんと1985年に開催された第26回東京モーターショーの開幕に合わせた11月1日でした。
会場では、市販レーサーTZ250とともにTZR250のF-3仕様も展示され、レーサー色一色に彩られたブースが印象的でした。
TZR250の特徴となったのは、ライバル車中で唯一の17インチホイールを前輪に採用。
また、他社が全て前輪にダブルディスクブレーキを採用していたのに対し、4ポットのキャリパーで奢られたφ320mmの大型のプレートを与えたフローティング・シングルディスクとしていたことも挙げられる。
外観はあくまでもレーサー的なフォルムに徹しながらも多彩な道路条件にあった市街地での運動性能を考慮して、限界性能追求型に傾斜しながちな内容面を、自在性のあるオールラウンドな設定に仕上がっています。
なに!?
TZR250がデビューした時、レーサーがそのまま市販車で登場したのかびっくりしました。
僕は、ヤマハRZ250→スズキRG250Γと乗りついてできた僕でさえ、それだけの衝撃を受けたのですから。
免疫のない人はさぞ驚いたことでしょう。
]]>1984年には”ホライゾン”を発表したCBX系に、85年には”ボルドール”が新しくランナップされました。
3ピース構造のフルカウルを持つツアラーとして、ベンチレーターやキー付きのポケット等を備え、軽快性と利便性を兼ね備えたモデルとして打ち出しています。
ホンダCBX750“Bold’or”
1985年
エンジン:水冷4サイクルDOHC4バルブ4気筒
排気量:747cc
ボア&ストローク:67×53mm
圧縮比:—
最高出力:77ps/9,500rpm
最大トルク:6.5kg-m/7,500rpm
最高時速:—km
車両重量:217kg
始動方式:セル
ミッション:6速
タイヤ:F110/90-16 R130/80-18
価格:\698,000
ホンダCBX750″ボルドール”は、他社がインライン4に水冷化で先行する中で唯一の空冷を採用していました。
従来型のCBX-Fと変わらぬスペックや装備など、スーパースポーツモデルとしては、
やや低調なイメージとなってしまいました。
数値上では、確かに規制値の77psをキープしていましたが、出力特性では、インパクト不足のモデルでした。
ホンダとしては、V-4のVF750Fが他社に先駆けして水冷化を採用するも、インライン4の新たな開発には遅れを取っていました。
結局、750ccクラスになってのCBは、その後、他社のレーサーレプリカとは、一線を期したツアラーモデルとしての性格を強くしていました。
]]>カワサキCS250のCSは、カジュアル・スポーツの略。
カワサキとしては数少ない4サイクル単気筒モデルです。
過去を遡ってみるとカワサキ250メグロSGT(1964年)に始まり、
Z200(1977年)、
Z250FS(1982年)と
数えきれるだけのモデルしかありませんでした。
カワサキ自体が、このパワーユニットに関して、あまり積極的でなかったともいえます。
だからこそシンプル・イズ・ベストという観点に立てば、却って真面目に取り組んだモデルと言えなくもありません。
今日はそんなカワサキCS250を取り上げます。
カワサキCS250
1985年
エンジン:水冷4サイクルDOHC4バルブ単気筒
排気量:249cc
ボア&ストローク:74×58mm
圧縮比:11.0
最高出力:34ps/10,000rpm
最大トルク:2.5kg-m/9,000rpm
最高時速:150km
車両重量:136kg
始動方式:セル
ミッション:6速
タイヤ:F90/90-16 R110/80-18
価格:\389,000
カワサキCS250は、虚飾を排し、スタンダードモデルに徹した、実益の高いモデルに仕上がっていました。
パワーユニットは、2軸バランサーを用いた水冷DOHC4バルブです。
ベースはKL250R(1984年)に搭載されていた単気筒エンジンです。
これをボア&ストローク(74mm×58mm)、圧縮比(11.0:1)をそれぞれ共通のまま、キャブレターの大径化(φ34→φ36mm)でパワーアップしました。
ギアレシオは6速全て共通
(①3.000 ②2.000 ③1.500 ④1.250 ⑤1.050 ⑥0.904一時減速比2.913共通)。
二次減速比のみを2.933→2.800に変更していました。
11,000rpmをレッドゾーンの入口とする高回転エンジンは、オフロードモデル向けに開発されたエンジンであることを忘れさせるほどスムーズなものでした。
振動もしっかり抑えられていて、6,000rpm付近から極僅かなピッチで発生します。
しかし、これ以上の回転域でも増幅されることはなく快適性は保たれています。
フレームはダブルクレードルで、スチール製丸パイプで、オーソドックスなレイアウトです。
もちろん、ハイパワーをしっかりとホールドしています。
サスペンションは初期作動時で比較的ソフトに、ボトム付近では腰のある、といったフレキシブルなセッティングでした。
タイヤは、前16/後18インチの設定で、コーナリングでは、以外にクイックな旋回性かと思わせます。
実際に走ってみると、軽い前傾姿勢から軽く倒しこむことで安定感を伴ったコーナリングが行えました。
カワサキCS250は、118kgという軽量な車体で切り返しも素早く行えました。
外観のおとなしげな印象とは裏腹に、ライダーに技量次第では、意外な動力性を発揮したモデルでした。
カワサキCS250は、スタンダードモデルに徹した実益マシンです。
]]>スズキというメーカーは、目立たないけど底力を感じさせるメーカーです。
だから僕は好きで、いままでハスラーTS250やRG250Γを乗ってきました。
そのスズキは125ccクラスにおいても、非常に優れたマシンを生み出してきました。
T125ウルフ(1968年10月)→T125(1967年6月)→GT125(1974年1月)→RG125(1978年6月)など、性能上では常にトップクラスを維持してきました。
でもいまひとつユーザーの心をつかみきっていないのがスズキファンの僕としては残念です。
スズキRG125Γ
1985年
エンジン:水冷2サイクルパワーリードバルブ単気筒
排気量:123cc
ボア&ストローク:54×54mm
圧縮比:—
最高出力:22.0ps/9,500rpm
最大トルク:1.70kg-m/8,500rpm
車両重量:95kg
始動方式:キック
ミッション:6速
タイヤ:F80/100-16 R90/90-18
価格:\289,000
スズキは60年代のレースで圧倒的な勝利をものにしながらも、量産モデルでその高性能さをアピールしきれずに、ブランドイメージを高める機会を失っていた感があります。
なんといってもスズキは自他共に認める2サイクル技術を持ちながら、上手くそれを表現しきれなかったように感じます。
しかし、RG250Γ(1983年3月)の成功で、スズキとして初めてユーザーの要望を確認することが出来ました。
2サイクルのパワーユニットにこそ、レーシングテクノロジーを際立たせるフォルムを必要としていたのです。
RG125Γには、排気系にサブ・チャンバーSAEC(Suzuki Automatic Exhaust Contorol)を装備し、それまでのピーキーな2サイクル・イメージーを一新した出力特性が与えられていました。
ヤマハRZ125やホンダMBX125と同等のスペックながら、コントロール性の高い、扱いやすさがいいです。
排気ポート直後に設けられたSAECは、低回転時にサブ・チャンバーへのバルブが開き、最適な排気脈動を得るように設定されていました。
7400rpmを越す高回転域からは、バルブを閉じて、メインチャンバーのみが働きを行うようになっています。
混合気の吹き抜けや充填効率の向上がより確実に行われています。
フレームは、ハイテンション鋼角パイプのダブルクレードル型。
プロダクションレースにも対応できる高剛性フレームでした。
ブレーキは、フロントにφ260mmにディスクと対抗ピストンキャリパーを装備。
リアはドラムだが、コントロール性は高かったです。
クラス初の扁平タイヤの採用/45w×45wの大光量のヘッドライト等、内容面でも充実したモデルです。
]]>デビュー翌年の1984年には、サーモスタット付きのRZ125Sに名称を改められ、ミニカウルを装備するなどスタイル面でもイメージをアップさせました。
’85年は、車体各部に大幅な改良が実施され、性能の強化と商品力の向上が図られました。
ヤマハRZ125
1985年
エンジン:水冷2サイクルピストンリードバルブ単気筒
排気量:123cc
ボア&ストローク:56×50mm
圧縮比:—
最高出力:22.0ps/9,500rpm
最大トルク:1.70kg-m/9,000rpm
車両重量:98kg
始動方式:キック
ミッション:6速
タイヤ:F80/100-16 R90/90-18
価格:\283,000
新たに採用されたのは、吸気の流入をスムーズにするYEIS(ヤマハ・エナージー・インダクション・システム)と、全域で効率の良い排気タイミングを確保するYPVS(ヤマハ・パワーバルブ・システム)。
特にYPVSは、コンピューター制御で回転揺動する可変式バルブのために、従来のON/OFFの2段階開閉式ではなく、幅広い回転域でスムーズに最適の排気タイミングが得られるものとなっていました。
YPVSのシステムに同調させるように、チャンバーをサイレンサー別体式の多段膨張式とし、特性の向上と特にレーシーな印象を強めました。
ヤマハRZ125の出力は、従来に比べ
20ps/9,500rpm、1.5kg-m/9,250rpm
↓
22ps/9,500rpm、1.7kg-m/9,000rpm
と大幅に向上。
キャブレターの大径化(φ26mm)とともに点火時期の最適化も図られていました。
RZ125の車体を構成する部分では、フロントホイールの16インチ化です。
インナーチューブの大径化(30mm→33mm)を図ったフロントフォーク。
フォークピッチもワイドホイールの採用に合わせて、156mm→175mmに変更しました。
キャスター角を26°15′→25°30′。
フォークオフセットを53mm→40mmに短縮。
ホイールベースを1,295mm→1,275mmと20mm短縮してハンドリングにも軽快性とともに剛性感ある印象を与えていました。
ホイールは、これまでのRZシリーズに採用されていた渦巻き型からニューデザインのキャストホールとなりました。
’85に標準装備となったレーサータイプのハンドルグリップやアンダーカウルと合わせて、外観の印象を新たにしました。
]]>ホンダは、1985年、400ccクラスで初めて、シングル・スポーツモデルを発表しました。
これは’83年12月にGB250clubmanの人気に煽られてでした。
XR500R(1983年)のパワーユニットをロードモデル用にセッティングを変更し、1984年に輸出モデルとして発表したXBR500を基本として、クラシカルなイメージに仕立て直しました。
ホンダGB400TT
1985年
エンジン:空冷4サイクルOHC単気筒
排気量:399cc
ボア&ストローク:84×72mm
圧縮比:—
最高出力:34.0ps/7,500rpm
最大トルク:3.40kg-m/6,000rpm
車両重量:150kg
始動方式:セル&キック
ミッション:5速
タイヤ:F90/90-18 R110/90-18
価格:\439,000
XR500よりも高回転型に出力特性を変更し、ロードモデルに対応しています。
XRの41ps/6,000rpm、4.60kg-m/5,500rpm
↓
GB500、40ps/7,000rpm、4.20kg-m/5,500rpm
よりもさらに高回転型のユニットにしているのがGB400の特徴でした。
出力的には、500ccのパワーユニットの特性の方が、ビッグ・シングルなりの味を出しています。
しかし、マルチに慣らされたユーザーにとってもは、400ccの特性でも十分にビッグシングルのインパクトをもたらしてくれました。
]]>CB250RS/RS-Z(1980~1981年)の人気を超えたVT250Fの登場で、単気筒の支持や人気も消えかかったようにも思えました。
しかし、単気筒はモーターサイクルの基本です。
ヤマハからもSRX250が発売されました。
根強い単気筒ファンに応えたマシンです。
ホンダCBX250RS
1983年
エンジン:空冷4サイクルDOHC単気筒
排気量:249cc
ボア&ストローク:72.0×61.3mm
圧縮比:10.5
最高出力:30.0ps/9,500rpm
最大トルク:2.40kg-m/8,00rpm
車両重量:129kg
始動方式:セル
ミッション:6速
タイヤ:F90/90-18 R110/90-18
価格:\368,000
250ccの単気筒マシンは、こと軽快感に関しては、絶妙なフィーリングを持つパワーユニットと軽量を利しての走りは、依然として根強いファンに支持されていました。
ツインカムの新設計のヘッドが施されたDOHCのパワーユニットは、力強い出力を発揮しました。
以前にも増して活発な走りを生み出しました。
ホンダCBX250RSは、129kgという重量は、RS-Zと同じもので、4psアップの出力値は当然と言えるものでした。
デュアルインテークのキャブレター、RFVCの機構で低速から高回転域までスムーズな出力特性を持っていました。
このアルバム『インフィデル』は傑作です。
なんと言っても声がいい。
ボブ・ディランは声を使い分けています。
デビューからのハスキー・ヴォイスがオリジナルだと思いますが、ナッシュビル・スカイラインでなんかつるつるした声を出して、ファンを混乱させました。
あと、ハスキーヴォイスを猫っぽくしたような声もあって、しかもこの『インフィデル』までは、鼻にかかったような声で、このアルバムが発表された時もファンもおそるおそる針を落としたことでしょう。
しかし、オリジナルのハスキーヴォイスに戻っていて、また曲も素晴らしいので、
ホッと胸をなでおろしたと思います。
またジャケットも素晴らしいです。
]]>ボブ・ディラン、全43作品(オリジナル・スタジオ・アルバム35作+ライヴ6作+ベスト2作)を1年かけてリニューアル復刻していくプロジェクト。
最新マスター、紙ジャケット仕様、Blu-spec CD2、新規ライナー、新規対訳、当時の付属物や告知ステッカーまで、現在考え得る最高のフォーマットで全作品を究極の復刻を目指す!第3弾は“DYLAN 80’S”として80年代の作品を9T復刻。
本作は1983年作品。発売当時「真のディランが戻ってきた」と騒がれた作品。タイトルのインフィデルズは、無神論者、異教徒の意。ダイアー・ストレイツのマーク・ノップラーをプロデューサーに迎え、「ジョーカーマン」「ライセンス・トゥ・キル」「アイ・アンド・アイ」などの傑作を収録。全米アルバム・チャート20位、全英アルバム・チャート9位を記録。
発売・販売元 提供資料 (2014/05/27)
ヤマハSRX250は、XT250のパワーユニットをベースに仕上げられ、発売当初は、クラス最軽量のロードスポーツモデルでした。
ライバル車、ホンダのCBX250RS(1983年5月)、CBX250S(1985年2月)、カワサキ250CS(1985年)といったモデルと共に、シングルシリンダーのパワーユニットのメリットを生かし、スリム&コンパクトで扱いやすさを狙ったマシンでした。
ヤマハSRX250
1984年
エンジン:空冷4サイクルDOHC単気筒
排気量:249cc
ボア&ストローク:73.0×59.6mm
圧縮比:10.0
最高出力:32.0ps/10,500rpm
最大トルク:2.40kg-m/8,500rpm
車両重量:121kg
始動方式:セル
ミッション:6速
タイヤ:F90/90-16 R100/90-18
価格:\379,000
SRX250は、よりハイパワーを求めるのではなく、出力特性にも余裕を与え、発進から常用のスピードまでフレキシブルに対応する動力性能を利点としていました。
虚飾を一切廃し、シンプルな構造にしたことで、却って飽きの来ないスタイルに仕上がってして、好感が持たれていました。
SRX250はDOHC-4バルブ、ツインキャブ、ツインエキゾーストのシングルマフラーと、メカニカル的には凝ったもので、デビュー当時は、最強のパワーユニットを誇っていました。
ツインキャブと言っても低中速側と高速側を受け持つ、性格の異なったキャブの2連装で、特にシングルキャブとの操作感の違いはなく、低速域からの加速感にモタツキがなくなった程度です。
※これも大きな変化ととらえられなくはない。
250Fはハンドルマウントのセミカウル付き。
YPS仕様は鮮やかなイタリアンカラーで注目を浴びました。
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