オートバイ伝説 走り出せば青春

ホンダ・ベンリィCB92、北野元で快挙

ホンダのベンリィという名称は、125cc以下のモデルに使われていた名称で、ドリームがスポーツ車というイメージに対して語源が“便利”から来ていることから、主に実用車のイメージです。

 

しかし、ホンダはこのクラスで凄いモデルを世に出しました。
1958年(昭和33年)7月に世界でも例のない125ccクラスで4ストOHC2気筒を作り上げたてC90として売り出したのです。

 

そしてC90から発展して1959年に車名に初めてCBを冠して売り出されたのでCB92でした。
CB92は、車体こそ実用車の雰囲気を残していますが、1万回転以上回るエンジンで最高速130km/hをマークし、1959年の浅間火山レースでは、関西スピードクラブの北野元が、CB92でホンダのワークスマシンRC141アサマ型レーサーを華麗なテクニックで追いまわし1位になるという快挙もあげています。

 

ホンダ・ベンリィCB92
空冷4ストOHC2バルブ並列2気筒
124.67cc
15PS/10,500rpm
1.06kg-m/9,000rpm
110kg

¥155,000

 

北野元(きたのもと)氏は、京都出身で現在75才。
1959年18才で出場した第3回浅間火山レースの125ccクラスに市販のCB92で出場してワークスマシンを抑えて優勝しています。
これらの活躍で高橋国光、伊東史朗と並び、若き天才ライダーと呼ばれました。

 

映画化もされた大藪春彦の「汚れた英雄」の主人公北野晶夫のモデルという記事を読んだこもとありますが、北野元氏の男気のある礼儀正しい人というイメージからは、人物的なモデルではないと思います。



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