カワサキ

カワサキ500SSマッハⅢ伝説 信号発信にあたり一面真っ白!

僕は20代の時は、2ストロークモデル(以下2スト)を乗り継ぎました。 プレスライダーをしていた頃は、ヤマハRD250、 それからスズキ・ハスラーTS250、 そして就職が決まってヤマハRZ250、次がRG250Γと 250ccクラスを乗り継...
スズキ

スズキ T500 輸出名タイタンにまつわる興味深い逸話

ショー展示モデルと、市販モデルに仕様が異なることが、現在でも珍しくありませんが、 1968年(昭和43年)に登場したスズキT500でも見受けられました。 当時は、ニューモデルの発表は、モーターショー会場で、展示された車両と、 その後の市場に...
カワサキ

カワサキ500SSマッハⅢ 加速度の体感度はナンバーワン

1969年(昭和44年)ホンダとカワサキから、 世界をあっと言わせるマシンが登場しました。 4サイクル4気筒750ccのホンダドリームCB750Fourと 2サイクル3気筒500ccのカワサキ500SSマッハⅢです。 共に0-400m、12...
ホンダ

ホンダ ドリームCB750フォア 初の4気筒エンジンで世界を席巻

1950年から60年に掛けて、 世界最高のオートバイと言えば、 トライアンフやノートンなどイギリスのメーカーによる 650cc前後の空冷並列2気筒エンジンを搭載したモデルでした。 ホンダは、60年代に世界GPでその名を轟かせていました。 次...
スズキ

スズキ T500 1968 量産車では例のない未曾有の分野に挑戦

1968年(昭和43年) 僕は、小学5年生になっていました。 11歳になり、思春期に差し掛かっていました。 この頃から、人間形成がされていったように思います。 68年と言えば、メキシコオリンピックが開催され、 僕の思い出は、釜本、杉山を擁す...
カワサキ

カワサキ650W1 ライバルは英国車から誕生して50年を超えて

1966年(昭和41年)、僕は小学校3年生になっていました。 円谷プロによるウルトラQが登場、今後の怪獣ブームの先駆けです。 僕が好きだったのが、サンダーバード。 サンダーバードが、事件現場に時間ちょうどに到着するところに痺れましたね。 な...
ヤマハ

ヤマハトレール250DT1 東京モーターショーの衝撃デビューとミニスカート

YAMAHA ヤマハトレール250DT1が、東京モーターショーでセンセーションなデビューを飾ったのが1967年(昭和42年)。 この年僕は小学4年生。 少し背伸びしたい年頃になってきました。 流行した歌が、ブルーコメッツの「ブルーシャトー」...
ホンダ

ホンダ スポーツカブC110 ボーイズレーサーは少年の夢と憧れ

1960年(昭和35年)か。。。 僕は、1957年(昭和32年)、富山湾に面する小さな漁師町に生まれました。 生まれた時はまだ富山市にも入っていませんでした。 僕の生家は、海まで150mしか離れていない場所にあり、夜中寝ていると海が荒れてい...
ホンダ

ホンダ ドリームCB450 量産車初のツインカム・エンジン搭載

1965年(昭和40年)当時、小学2年生だった僕が良く見ていたTV番組が、オバケのQ太郎とジャングル大帝です。 ジャングル大帝を見て、なんで肉食動物と草食動物が共存できるんだと不思議に思った記憶があります。 レコード大賞は、美空ひばりの"柔...
ヤマハ

ヤマハ YDS3 1964年 2ストのヤマハの進化系 時代を変えたマシン

1963年10月、アメリカのフォークシンガー、ボブ・ディランは、 "時代は変わる(The Times They are A-Changin')"を発表。 モーターサイクルの世界にも変化が訪れていました。 そこには、変化を受け入れる人たちと、...